きゃ〜っ!へび〜!


「お友達のおうちに遊びにいってくるわね」
お気に入りのワンピースに身を包んだ私は、両親に手をふって、2軒おいた隣のようこちゃんの家へ向って意気揚々と玄関を出た。

近頃では、足の形が良くなるようにと両親が買ってくれた「暮しの手帖」お薦めの皮の編み上げ靴の紐も、上手に自分で結べるようになった。
雨上がりの良く晴れた日曜日の朝である。
庭の小径を歩き始めて、家の方を振返ると、両親が手を振ってくれた。
「気をつけてね」「いってらっしゃい」
「はーい、いってきまーす」

再び気取って歩き始めた、まさにその瞬間である。
私の行く手に・・・
「きゃ〜〜〜〜〜っっっ へ〜〜び〜〜〜っっっ!!!」
そ、そ、そ、そうなんです。
長いものが、にょろにょろと横たわっているではないか。

私の、身も世もない悲鳴に驚いた両親が、家から飛び出して来た。
恐怖に震えている私の目の前に横たわる、気味の悪いにょろにょろを見た瞬間、父は大笑いし始めた。
「はっはっはっはっ、なあんだ。ミミズだよ、これ。大丈夫、何にも恐くないから」
だって、私は恐かったんだもん。あの、クネクネと動く姿は、やっぱり好きになれない。
ご機嫌で、お出かけしようとした矢先に恐いものを見て、おまけに大好きで尊敬している両親に大笑いされて、すっかり気分をこわしてしまったのだった。
あれは、そう、私が3才の頃のこと。今でも忘れられない瞬間である。

誰に教えられたわけでもないのに、長いものは好きになれない。
これって本能かな。
勿論、鰻と穴子は話が別である。どっちかって言うと、だーい好きの方。
子供の時から、風邪などがあと一息で治るというときは、必ず鰻重だった。
普段は食が細くて、夕食のときなど、食べているうちに眠くなってきて、手の力が抜けて、箸が持てなくなってしまうなどというのは毎度のことだったくらい。
その私が、猛烈に食欲が湧いて、鰻が食べたくなったら、もうすぐ元気になる、というのがいつものことだった。

その、長いもの嫌いの私に、あるとき大変な試練がやって来た。
もう20年近く前になるだろうか。
木の実ナナさんと古谷一行さん主演の土曜ワイド劇場「湯けむり殺人事件」シリーズに出演したときのことである。
中伊豆の七滝(ななだると読みます)を中心に、露天風呂がイッパイある旅館の部屋、岩風呂、飛騨から合掌作りの家を移築してきたという谷あいの食べ物やさん、そんなところをあちらこちらとロケしてまわった。
監督は、「鬼平犯科帳」を何本もとっていらっしゃる小野田基幹さん。

私の役は、ストリッパー。
そして、なんと、蛇つかいである。
どれ程マネージャーを怨んだことか・・・
ま、それは冗談だが、この世で多分一番嫌いなものと、共演することになるとは。
そして、イヤとは云えない因果な商売! なのである。


「へび、大丈夫かな。キライって言わないでよね。僕、監督に大丈夫って言っちゃったんだから。
もしも嫌いでも、根性でやってくれよな」だって。
はい、はい、わかりましたよ。勿論、根性でやりますです、はい。
人が嫌がることも、率先してやらなくちゃ、明日はないのが役者だもの。
というわけで、「根性」で受けることにした。
ただ、蛇と共演ということだけ聞いて、本はまだ読んでいないのにである。
マネージャー(当時は小西さんという男性だった)が、それ程言うのなら、結構いい役に違いないと、ひたすら信じて。

いよいよ台本が届く。
期待に震える手で、ページをめくっていくと・・・
あった、あった。問題の個所。
ストリッパーといっても、実際にステージのシーンがあるわけでなく、近くの劇場に出演中の踊り子3人組が、事件の舞台となる温泉旅館に泊っていて、皆と出会う。
大広間での食事のシーンである。サスペンスドラマに良くある、あのシーンだ。
それぞれのグループに別れての夕食。テーブルではなくこのホテルの目玉の囲炉裏である。
大広間にたくさんの囲炉裏が掘ってあったっけ。なかなか、壮観であった。

それぞれが、隣組と自己紹介しあったりしながら盛り上がっていると、私の演じるストリッパーが何時もカゴに入れて連れて歩いている、3匹のペット兼商売道具のうちの1匹が、横に置いてあったカゴから抜けて独り歩きし始める。
そこで、私は「あーら、太郎ちゃん、駄目じゃない。ちゃんとおとなしくしてなくちゃ」といって、抱き寄せてカゴに戻す。
その太郎ちゃんこそが、蛇くんなのだ。
まあ、いってみれば、たったそれだけである。
しかし、しかし、蛇を触ったこともない、みみずでさえ失神寸前になる私にとっては、大変な大、大、大事件である。
もしかしたら、逃げ出すかもしれない、わたし。アア、神様〜〜〜!!!

イヤイヤ、そんなことは言っていられない。
「根性」で受けたのだから!!!
衣裳、化粧等の打ち合わせの時に、監督から
「オイ、蛇、大丈夫か。頼むよな」
といわれて、
「はい、大丈夫です」
って、思わず にっこり笑って宣言してしまったしなあ。

そして、いよいよ太郎ちゃんとの共演の日がやって来た。
太郎ちゃんの種類は「アオダイショウ」。
動物プロダクションの人と助監督さんが、持ち方などを指導してくれる。
アオダイショウはおとなしくて、無害だから大丈夫という。
でも、頭の辺りが直径2センチくらいでも、お腹の辺りは丸々と太って5センチ以上あるだろうか。
そして、長さといったら、2m近くあるに違いない。
顔が小さいくせに、詐欺みたいな奴だ。
蛇ってこうなってるんだなどと、身震いを抑え、心を落ち着かせ、恐怖心を好奇心に置き換えて、自分を励ます私。

さあ、本番だ。
「よーい、スタート!」
「あーら、太郎ちゃん。駄目じゃない。おとなしくしててね。お利口さん。ちゅっ、ちゅっ」
もしも、NG出したらもう1回やらなくちゃならない。
それだけは、お願いだから、それだけは避けたい。
ただ、ただ、その一心で、ほとんどヤケクソで、台本にはないのに、最後にほおずりして、チュウまでしちゃったのでした。

その、私の勇気と演技力のかいあって、1回で監督のOKが出た。
おおーっ! オミゴトでした。
人間、やる気になれば何でも出来るもんです。
しかし、情けないことに、撮影が終わったあと、現場にある映画やテレビ撮影用のライトのコード(またこれが太いんだ)が、 蛇に見えて、見えて、もう何度飛び上がったことか。
ああ、恐かったあ!!!!!

そういえば、子供のころ、よく上野動物園へ連れていってもらった。
その帰りに、決まって通る漢方薬やさん。
その店先に、蛇のアルコール漬けが飾ってあって、あれが恐かったっけ。
何であんなグロテスクなものを、店先に陳列するのだろうと、不思議でならなかった。
あれが薬になるとは、子供には想像もつかないのだから。

いま、私は東京の校外に住んでいる。
緑が多く、空気も良く、犬の散歩するにも土がある。
野鳥もいっぱいいる。雑木林もある。竹やぶもある。
野菜や果物の畑もあって、とても良いところで気に入っている。
しかし、草むらに何だか蛇でもいそうで、いつもドキドキしていた。

今年の夏、とうとう出会ってしまったのだ。
今では、みみずくらいはぐっとお腹に力を入れて、見つめれば、見逃すことが出来るようになった私であるが、
何と、なんとアオダイショウに再会してしまったのである。
「きゃ〜〜〜〜〜っっっ へ〜〜び〜〜〜っっっ!!!」
悲鳴を必死でかみ殺した私である。
勿論、あの時の太郎ちゃんではないけれど。
それも、山道でも、草むらでも、竹やぶでもなく、私の住んでいるマンションの玄関先に、通り道のど真ん中に「くねくねくね」といたのである。
私は、犬の散歩へ出掛けようと思って、エレベーターを降りて歩き始めた瞬間だった。
ほんの5m程先に、こちらへ頭を向けて、彼は「いた」。

やっぱり今でも、用がなければ会いたくない。
ごめんね。あなたが悪いわけではないのにね。
そうは思うけど、やっぱりだめです。
あわてて、裏口から出た。
しかし、恐い物見たさで、さっき見た処へ逆から廻ってみた。
ほんの、2、30秒のことなのに、もういない。
私の錯覚かしらと思うくらいだ。
あヽ、よかった、と思う反面、ということは、この辺りに住んでいる。
うちがこの近所なんだ。
また会ったらどうしよう。

でも、アオダイショウは確か家を守るとか、昔から言い伝えがあったような気がする。
白蛇はもっと縁起がいいと・・・。

大家さんに会ったとき
「この間、アオダイショウがいました」
って、言ったら、
「ああ、アオダイショウはいいんだよ」
って、軽く言われてしまった。

最近は、「蛇」くんとご近所住まいである。

そういえば、前に共演した女優さんで、蛇が大好きで、以前に飼っていたことがあるという人がいたっけ。
腕枕で、棒のようにまっすぐになって、一緒のお布団で寝てたんだって。
世の中には、いろんな好みがあるもんだ。
脱帽!!!!!!


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